エナギーヴェンデの歴史

エナギーヴェンデ年表

1974年

ドイツ連邦環境庁が設立される。

1977年

オイルショックへの対応として、建物の最大エネルギー需要と熱供給システムの効率要件を規制する最初の「断熱」政令および「暖房・給湯設備」政令が承認される。

1978年

ドイツで製品の環境適合性を保証するエコラベルBlauer Engel(ブルーエンジェル)が生まれる。米国でエネルギースターマーク制度が始まる14年前である。ブルーエンジェルラベルは環境保護団体、組合、教会などが一体となって考案したものだが、エネルギースターマークは米国環境保護庁の産物である。

1980年

エネルギー消費が減っても経済成長は持続可能であることを示す「エナギーヴェンデ」(エネルギー転換)と題した研究が発表される。

1983年

緑の党が史上初めて連邦議会で議席を獲得し環境問題を提起する。

1986年

チェルノブイリ(ウクライナ)の原発で炉心溶融が起き、5週間後に、ドイツ連邦環境・自然保護・原子炉安全省が創設される。

1987年

ヘルムート・コール首相(CDU)がドイツ連邦議会で「温室効果による深刻な気候変動の脅威」について演説する。

1987年

フラウンホーファーISE(太陽エネルギーシステム研究所)が、欧州で初めて太陽光自家発電のハイカー用山小屋「Rappenecker Cottage(ラッペンエッカー小屋)」を建てる。

1991年

ヘルムート・コール首相率いる保守派のキリスト教民主同盟とリベラルな自由民主党の連立政権下で、電力供給法が採択される。固定価格買取制度を初めて導入し、従来型電源よりもグリーン電力を優先すること規定している。

1991年

「Schönauer Stromrebellen(黒い森にある小さな町、シェーナウの電力反逆者たち)」が、地元の送電網を買い戻すために、草の根運動を立ち上げる。

1992年

フラウンホーファーISEが、ドイツ・フライブルクに太陽光自家発電住宅を建設し、一般的な家庭に必要なエネルギーすべてを自然エネルギーから賄えることを実証する。

1996年

ドイツ復興金融公庫KfWが二酸化炭素削減プログラムを立ち上げ、特に旧東ドイツの住宅改修を支援する。

1997年

シェーナウの電力反逆者たちがついに地元の送電網の経営権を獲得し、自然エネルギーを段階的に増やし始める。

1998年

ドイツの電力市場が自由化される。自由化とは、たとえば電力会社と系統運用者は法的に分離した事業体でなければならない。自然エネルギーに関しては、新規電力事業者は、グリーン電力のみを販売する事業を始めることができる。なお、自由化にもかかわらず、7年間は規制機関がなかった。

1999年

屋上太陽光発電10万戸プログラムがドイツの太陽光発電市場を牽引する。さらに、市場活性化プログラムが開始され、自然エネルギー熱供給システムに対し数億ユーロ規模の資金援助が行われる。

1999年-2003年

ドイツは「エコ税」を実施し、ガソリン1リットルおよび化石燃料電力1 kWhの価格に毎年数ユーロセントずつ加算する。その結果、燃費のよい車の販売が増え、わずかながら全体の消費量も減少する。

2000年

シュレーダー首相率いる社会民主党と緑の党による連立政権が策定した再生可能エネルギー法(EEG)が電力供給法に取って代わり、買取価格は、小売価格ではなく投資コストに連動すると規定される。

2000年

シュレーダー首相の連立政権は、2020年頃までにドイツの原発を段階的に廃止することで、原発所有者と合意に達する。

2001年

欧州司法裁判所が、固定価格買取制度は「国庫補助金」ではなく、したがって合法であると判定する。

2002年

エネルギー効率イニシアチブ(Initiative Energieeffizienz)が導入され、家庭および商業の最終用途における効率促進に焦点が当たる。

2002年

コージェネレーション法が採択される。2度の改正を経て、熱電併給を支援する最も重要な法律となる。

2004年

再生可能エネルギー法において太陽光発電は無制限に買い取られる。

2005年

それまで電気通信と郵政事業を監督していたドイツ連邦ネットワーク庁が、電力系統およびガス市場の監督を開始し、自然エネルギー電力に関する系統料金の紛争も一部解決する。

2005年

EUが排出量取引制度を開始する。

2007年

ドイツのエネルギー・気候統合プログラムが、効率と自然エネルギーに対する新たな目標、政策、支援の各スキームを定める。

2009年

再生可能エネルギー法の初の改正が、社会民主党や緑の党の意見を取り入れることなく行われる。改正法では、メルケル首相率いる連立政権による「市場手段」としての解釈がいっそう重視される。

2009年

再生可能エネルギー熱法が、自然エネルギー熱供給に明確に取り組む初めての法律として、自然エネルギーによる熱供給システムの実施を建築業者に義務付ける。

2009年

エネルギー使用製品のエコデザインに関する指令が採択され、欧州エコデザイン指令が国内法化される。

2010年

メルケル首相率いる連立政権が、ドイツの残り17基の原発の稼働年数を8年から14年延長することを決定する。

2010年

バイオマス電力持続可能性政令により、持続可能なバイオマス発電の問題に対する取り組みが行われる。

2010年

ドイツ初のエネルギー効率基金であるエネルギー気候基金を、二酸化炭素排出量取引による収益により設立する。炭素価格の水準が低いため、基金の規模が半分に縮小される。また、メルケル首相が脱原発を定めた2002年の法改正を無効にして原発の稼働年数を延長する。

2011年

福島の原発事故により、メルケル首相は原発に対する立場を逆転し、シュレーダー首相の計画よりもやや迅速な脱原発を採択する。原子力発電容量の40%を一週間以内に永久停止し2022年をめどに最後の原発を閉鎖するというものである。

2012年

5月

50%:ドイツが太陽光発電で世界最高記録を打ち立てる(当時)。

11月

ドイツの電力輸出が最高レベルに達する(当時)。

2013年

1月

自然エネルギー賦課金が約5.3ユーロセント/kWhに上昇し、ドイツの電力輸出もほぼ50%増加する。

2014年

自然エネルギー賦課金が約6.3ユーロセント/kWhに上昇する。8月に再生可能エネルギー法が改正される。12月に新政府は気候行動プログラムおよび国家エネルギー効率化行動計画も採択する。

2015年

改正した再生可能エネルギー法の一環として、大型太陽光発電所の最初のオークションが始まる。

非居住用建物の近代化に対する新支援プログラムなど、新たな効率化手段が導入される。