エナギーヴェンデの歴史

ヴィール – 中止された原発建設計画

エナギーヴェンデ運動は、1970年代の反原発運動からスタートした。過去数十年にわたり運動の成功が維持された理由の一つは、その包括性である。最初から保守派と環境保護主義者が一丸となって取り組んだのだ。

エナギーヴェンデ運動は、1970年代の反原発運動からスタートした。1973年、フランスとの国境沿いにあるワイン産地カイザーシュトゥールの村、ヴィールに原発を建設する計画が発表された。この決定は、社会のあらゆる分野で根強い強力な抵抗運動を生むという結果を招く、ある意味宿命的なものであった。隣接する都市フライブルクの学生がカイザーシュトゥールのワイン醸造業者や『エナギーヴェンデ』の著者フロレンティン・クラウゼなどの科学者と共同戦線を張った。

1983年、バーデン=ヴュルテンベルク州知事はこの不断の抵抗に対し、ヴィール・プロジェクトは「緊急性がない」と宣言して、実質的に原発計画の無期限停止を発表した。運動の成功は、原発建設を中止させることは可能だというメッセージを広くドイツ全土及び欧州の人々へ届けた。1980年代を通して、人々は地元で活動できる方法を模索し、ドイツ全土で数多くのエナギーヴェンデ団体が結成された。

この反原発運動は、緑の党が政党として生まれるきっかけとなった。1980年頃から、緑の党は、議員に選出されるために必要な投票数の5%以上を着実に獲得し始めた。